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自己満足を形にします。大学院生だったり薬剤師だったり。

アンサング・シンデレラ 第11話(最終話):解説と感想

ついこの間始まったばかりと思っていたのですが、気がつけば最終回を迎えていました。

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今回でドラマ『アンサング・シンデレラ』の記事は最後(の予定)です。最後までよろしくお願いいたします。

 

 

解説

リトドリンとテルブタリン

早産とは妊娠22週以降から37週未満の分娩と定義されます。中でも切迫早産は当該期間に下腹痛(10分に1回以上の陣痛)、性器出血、破水などの症状に加えて、外側陣痛計で規則的な子宮収縮があり、内診で子宮口開大、頸管展退などが認められ、早産の危険性が高い状態とされます。

リトドリンとは切迫流・早産治療剤に分類される短時間作用型β2刺激薬(SABA)です。子宮平滑筋のβ2受容体に作用し、子宮収縮抑制作用による妊娠中の早産予防に用いられます。

作中で描かれていたように、動悸やほてり、手の震えなどが代表的な副作用として生じます。より重篤なものとしては肺水腫(呼吸困難、胸部圧迫、頻脈などの症状)や白血球減少、無顆粒球症にも注意が必要です。横紋筋融解症によるCK値の上昇、唾液腺の刺激によるアミラーゼ値の上昇や腺の腫脹などのリスクもあります。

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さて、作中では母体の緊急時(早期の破水)にも関わらずリトドリンがないという事態になってしまいました。ここでリトドリンに替わって用いられたのがリトドリンと同じβ2刺激薬であるテルブタリンでした。適応外ではありますが、作用機序が同じなので(応急処置的に)使用可能です。β2刺激薬は通常、喘息治療に用いられます。

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切迫早産治療に第一選択とされるリトドリン、またそれに代替可能なテルブタリンですが、最近では長期投与は推奨されていません

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjdi/21/3/21_104/_pdf

2013 年 10 月に欧州医薬品庁(European Medicines Agency, EMA)が、高用量のSABAを長期間投与した場合に母親と胎児の両方に肺水腫、心不全不整脈等の重篤な心血管障害を与える可能性があるため、子宮収縮抑制のための使用期間を最大 48 時間までとする通知を発表しました。これは米国を含む多くの国で同様の基準があるようです。

その米国においてはそもそも、2011 年からリトドリンは販売中止とされています。すでに子宮収縮抑制薬として使用されていたテルブタリンに対しても、 48〜72 時間を超えて長期間使用しないように警告をだしています。

長期使用に伴って、副作用の発生率も増加します。東北大学室月研究室(胎児医学分野)は、短期使用であっても長期使用に比べ有効性(早産率や平均分娩週数)にはかわりないことを報告しています。

plaza.umin.ac.jp

ただし、長期使用も絶対的に否定されるものではなく、妊娠継続のため止むを得ない長期使用もあります。現実的には、個々人のリスクベネフィット評価を通じて、出来るだけ短期間で必要なら長期の投与になるのかなと思います。

ガイドラインには、以下の記載があります(CQ302)。

急性期を経て48時間以上投与継続する場合には、減量・中止の可否も検討したうえで選択されることが望ましい。わが国においては長期投与を否定する研究報告は少なく妊娠継続を目的とした長期投与は広く行われている治療法であることから、副作用の発症に注意しながら、長期投与を行うことは選択肢のひとつである。しかし、今後は、わが国において長期投与の有効性を証明していくことが必要であると考えられる。

 

妊産婦における服薬

妊娠の前、最中、出産後の授乳期において、母親の医薬品服用は胎盤や母乳を介した胎児・小児への薬物暴露につながります。特に胎児期においては薬物の感受性が高い時期もあり、薬物の催奇形性や発達異常作用は医療者とそれ以上に母親や家族が心配するところかと思います。

妊婦が医薬品を服用した場合の胎児への影響については、各医薬品の添付文書に記載された情報が必ずしも十分ではありません。治験段階において、妊婦や小児を対象にそれらリスクを検証することは倫理的にも許容されないからです。

そもそも添付文書上の妊婦に対して使用禁忌と読み取れる医薬品の多くは、胎児への有害作用がヒトで証明されている医薬品だけではありません。実際には

  • 動物実験で示唆されるもののヒトでは胎児有害作用が否定的な医薬品
  • より安全性が高いと確認されている代替医薬品の選択肢がある医薬品
  • 製造業者または輸入業者が妊婦に投与される必要がないと判断しただけの医薬品

も含まれています。妊婦自身の健康維持のために必須である医薬品や、胎児への有害作用リスクはあるものの特定の状況下ではそれを上回る母体へのベネフィットが考えられる医薬品については、インフォームドコンセントを得て投与すべきと考えられます。

ガイドラインのCQ104においては以下の内容が詳しく記載されており、参考になります。

  • 医薬品の妊娠中投与による胎児への影響について尋ねられたら?(CQ104-1)
  • 添付文書上いわゆる禁忌の医薬品のうち、特定の状況下では妊娠中であってもインフォームドコンセントを得たうえで投与される代表的医薬品は?(CQ104-2)
  • 添付文書上いわゆる禁忌の医薬品のうち、妊娠初期に妊娠と知らずに服用・投与された場合(偶発的使用)でも、臨床的に有意な胎児への影響はないと判断してよい医薬品は?(CQ104-3)
  • 添付文書上いわゆる有益性投与の医薬品のうち、妊娠中の投与に際して胎児・新生児に対して特に注意が必要医薬品は?(CQ104-4)
  • 授乳中に使用している医薬品の児への影響について尋ねられたら?(CQ104-5)

作中で描かれたデパケン®︎(バルプロ酸)は、ヒトで催奇形性・胎児毒性を示す明らかな証拠が報告されている代表的医薬品のひとつです(エビデンスがあるだけで、必ずしも発生頻度が高いという意味ではありません)。また、幼児期の認知機能の低下との関連も指摘されています。

バルプロ酸に限らず、抗てんかん薬の多くが催奇形性を持ちます。一般的には有益性投与、すなわちリスク<ベネフィットの場合には投与します。妊婦禁忌が明示されているトリメタジオン、リスク報告の多いバルプロ酸はできるだけ避けること、できるだけ多剤併用ではなく単剤治療とすることが推奨されています。

また、授乳による幼児の薬物暴露については、次のサイトが大変参考になります。専門的かつ英語ですし、医療者向けかなと思います。

www.ncbi.nlm.nih.gov

Summary of Use during Lactation は要約です。Drug Levels(Maternal Levels / Infant Levels) には母親・乳児の薬物動態が記載されています。ここには乳児の薬剤暴露の指標である相対的乳児服用量(RID)が記載されています。

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その他、Effects in Breastfed Infants(乳児への影響)、Effects on Lactation and Breastmilk(母乳分泌への影響)およびReferences(参考文献)が記載されています。

厚生労働省の「妊婦・授乳婦を対象とした薬の適正使用推進事業」において、平成 2005年10 月に国立成育医療研究センター内に設置された妊娠と薬情報センターが妊婦や妊娠希望女性の服薬相談に応じるとともに、相談事例の妊娠結果の調査を行い、新たなエビデンスを確立する調査業務を行っています。服用可否に不安を感じる方は、医師や薬剤師、センターへお問い合わせを。

 

てんかんバルプロ酸

てんかんとは大脳ニューロンの過剰な放電、異常な発射による反復性の発作を主徴とする慢性の脳疾患です。診断には脳波検査が最も有用で、異常脳波を確認します。CTやMRIなどの画像診断は補助的に用いられます。

てんかんはその原因で大きく2つに分類されます。原因不明の特発性てんかんは全体の80%程度を占め、小児に多いです。僕の中高の友人にもいました。一方、事故や脳出血の後遺症・随伴症状のように器質性の原因が明らかなものを症候性てんかんといい、成人や高齢者の発症が多いです。これらへの分類が定かでないものを潜在性てんかんとします。

また、原因の他に発作のタイプによっても分類されます。これだけでも解説が長くなってしまうので、ごくごく簡単に表にまとめました。症状的に、作中の患者さんは欠伸発作でしょうか。

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この発作のタイプに応じて、使用する抗てんかん薬の種類が変わります。ただいずれの場合も、以下のことに注意します。

  • 単剤を少量から開始し、徐々に増量・多剤化する。
  • 小児では抗てんかん薬の代謝速度が速い場合があり、投与量を増量するなどの考慮をする。
  • 妊婦に対しては有益性投与だが、トリメタジオンは禁忌である。
  • 血中薬物濃度モニタリングが有用なものについては活用する。

作中ではバルプロ酸を有効成分とするデパケンR錠®︎を服用していました。今回はこいつだけ紹介しますね。こいつはてんかんの他に躁病や頭痛予防にも用いられるなかなかに器用な薬です。400〜1,200mgを1日1〜2回に分けて経口投与するのが基本です(今回は400 mg/2回/日)。

このRはRetard(持効錠)の意味で、徐放性により血中濃度が長く保たれますデパケン(無印)錠では400〜1,200mgを1日2〜3回に分けて経口投与するのが基本とされます。またデパケン®︎は吸湿性が高い一方、デパケンR®︎は糖衣錠で吸湿性が抑えられているのも改良点です。デパケンからデパケンRへの変更は可能ですが、逆は推奨されていません。

medical.kyowakirin.co.jp

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バルプロ酸は全般発作の第一選択薬ですが、部分発作でも用いられるオールラウンダーです。GABAトランスアミナーゼという酵素を阻害することで、GABAの分解を抑制し、過分極による神経興奮の抑制に働きます(国試でよくひっかけ問題あるところですよね。GABAA受容体に直接作用するものではないので注意です)。あとグルタミン酸神経末端のCaチャネルの抑制作用もあるようです。

代表的な副作用として、尿素サイクル阻害によるアンモニア血症が挙げられます。現場で1人だけ経験したことがあります。長らく血液検査がされてなかったので、トレーシングレポートで検査を勧めたところ、発覚しました。重症化すると意識障害などにつながる恐ろしい副作用なので、治療が長期化するてんかん患者さんでは必ずチェックすべき血液検査値です。

今回はバルプロ酸だけ掘り下げましたが、国試的にはフェニトインのTDM(非線形)、ジアゼパムてんかん重積発作治療、ラモトリギンの皮膚障害(安全性速報)なんかが特に重要でしょうか。欠伸発作にだけ使えるエトスクシミド、トリメタジオンなんかもありますね。フェニトインとカルバマゼピン酵素誘導もあります。ここも非常にややこしい分野ですが…本番までまだあと5ヶ月くらいありますね、頑張ってください。

 

スティンザー効果とカウンセリングポジション

スティンザー効果とは小集団における心理的効果のことで、会議等の小規模集会において人が相手との位置によって無意識に感じる印象が異なる(印象によって対象との位置を選択する、と言った方が正しいか)現象を指します。

具体的には、以下の3パターンが考えられます。自分が座る位置で示しています。

  1. 正面に座る=敵対ポジション:対象の一挙手一投足を視認できるため、対象は威圧感を覚える。対立している、反対・否定的意見を持っている人が多い位置。
  2. に座る=同調ポジション:対象と目線が合わず、同調することが多い。すでに合意がある、味方である人が多い位置。感情や経験の共有に最も効果的。
  3. 斜めに座る=カウンセリングポジション:対象が緊張やプレッシャーを感じた場合は、正面を向くだけで簡単に視線を逸らすことが可能。信頼関係の構築に有効で、初対面の相手と話す際に最適。

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これがカウンセリングポジション

実際には、これは当該効果を知らない者における、会議や診察等の公的な場面に適応可能です。効果を知っている対象は意図的に位置どりをコントロール可能です。また、私的な空間では必ずしも上記の印象を与えることはありません。カップルでの外食時、テーブル席に通された場合はおそらく多くが向き合って座るかと思います。

なんでこんな話をするかって、薬剤師国家試験で出題されたことがあるからです(他職種もあるのかもしれません)。

第99回薬剤師国家試験

【問86】患者と面談する際、上から見た位置関係のうち、最も患者が薬剤師と抵抗なく話し合えるとされるのはどれか。1つ選べ。ただし、顔の向きは下記に示したものとする。

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2.が敵対ポジション、4.がカウンセリングポジション、5.が同調ポジションに該当します。患者と薬剤師は経験や感情を共有するというより、信頼関係を構築しお互いに興味のある事を聴取することが目的となりますので、4.が正解となります。

ただ実際には1.や2.が多く、それに対して抵抗感を覚える患者さんも少ないのではないかと思います。ぶっちゃけ冗談半分の解説です(内容は嘘ではないけれど)。記念すべき最後の解説。

 

感想

まず最初に

瀬野さん!勝手に死んだと思ってました!!ごめんなさい!!!

 

「普通」

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普通って言葉、便利ですよね。Normaly(正常には)、majorly(大多数は)、といった複数の意味があります。この文脈では後者の方なのですが、語感の問題としてどうしても前者が多少なりとも付きまといます。

普通じゃない=異常=良くないこと、ではないですよね。もちろん特別な注意は必要ですが。

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病気は恥ずかしいことでも、隠すことでもないです。個性と言ってしまうのは美化が過ぎるかもしれませんが、僕は「病気も個性」だと思って接したいと思います。

 

薬を飲むということ

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この患者心理は忘れてしまいがちですが、大事ですよね。薬を飲むってこと自体が負担なんですよね。それが2人分の命となると…。

 

産婦人科「リトドリンありません」

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これはまずいですよ。割ってしまったらすぐに報告しないと…。実際には救急的に用いる医薬品なら最低限の確保が必須なので、在庫0のままってことはないと思うんですが…。

 

調剤室にチャーハン

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勇気あるなお前。てか関係者以外立ち入り禁止やろ。

 

最後に

薬剤師という仕事を世間に伝えるという点で、原作漫画もさることながらドラマの影響は大きかったと思います。薬剤師目線ではたくさんツッコミどころはあったんですが、知らなかったらそれはそれで済ませられるところもあるので、大枠を知ってもらうということではすごくいい作品でした。キャストも豪華でしたしね。

僕は圧倒的原作派なので、残念ながら円盤購入はなしです!続いて欲しいとは願いながら、原作の終わり方が気になりますね。『処方箋上のアリア』という新しい薬剤師漫画もあるようで、こちらも注目しております!

bigcomicbros.net

今後もし、薬剤師を題材としたドラマ(などの作品)ができるならば、薬局薬剤師に着目したもの、病院ならチーム医療に着目したものを手がけて欲しいなと思います。薬剤師以外にもたくさんの「アンサング」がいますから、管理栄養士さんとか臨床心理士さんとか、そういった方々の活躍を描くのも大事だと思います。医療はチームですから。

 さて、こんな駄文を11回にわたって読んでくださった皆様には感謝が尽きません。自身の勉強のためにやっていたことではあるので、あまり読者層を意識しない文章になってしまいました。

僕のブログは基本的に誰かのためにではなく自己顕示欲の塊みたいないオナニー記事ばかりですが、よろしければ今後ともご贔屓にお願いいたします。

それでは、また別の記事で。