アンサング・シンデレラ 第10話:解説と感想
いよいよクライマックスの第10話。瀬野さんが最後の患者さんになるとは、スタート当初は思いもしませんでしたね。
七尾副部長の活躍がやっと観れて満足です。今回も解説少なめ感想多めで申し訳ないです。
解説
治験
以前の記事でも簡単に説明したんですが、ここで再度治験審査委員会に着目して説明を加えたいと思います。治験の全てを説明するのはここでは避けますが、ご興味のある方はできるだけイラスト付きの教本を参考にされるといいと思います。法律関係は文字ばかりで、理解が大変です。
治験審査委員会(IRB)とは、被験者の人権保護、安全保障と福祉の向上を図ることを目的に、中立的な立場から治験実施計画書や同意説明書、被験薬や医療従事者の妥当性を審議・確認する組織です。最終的に、その医療機関での治験実施の適否を決定します。IRBが治験実施不適と判断した場合は、実施医療機関の長(病院長)は治験依頼の承諾および実施の承認をしてはいけません(決定権はIRB>病院長です)。
多くは実施医療機関の長(病院長)が設置しますが、別に独立行政法人や特定非営利団体、学校法人などの実施医療機関外に設置することも可能らしいです。何れにせよ、以下の基準を全て満たしている必要があります。
- 治験について倫理的および科学的観点から十分に審議を行うことができること
- 5名以上の委員からなること
- 委員のうち、医学・歯学・薬学その他の医療または臨床試験に関する専門的知識を有する者以外の者が加えられていること
- 委員のうち、実施医療機関と利害関係を有しない者が加えられていること
- 委員のうち、治験審査委員会の設置者と利害関係を有しない者が加えられていること
また、IRBでの治験実施の審査会議においても、以下の規定があります。
次に掲げる委員は、審査の対象となる治験に係る審議および採決に参加することができない
- 治験依頼者の役員または職員その他の治験依頼者と密接な関係を有する者
- 自ら治験を実施する者または自ら治験を実施する者と密接な関係を有する者
- 実施医療機関の長、治験責任医師または治験協力者
ここで治験責任医師とは、治験実施医療機関で治験業務を統括する医師・歯科医師を言います。責任医師だけが治験に関わるわけではなくて、責任医師のもと業務を遂行する治験分担医師というのもあります。治験薬を処方できるのは、この治験責任医師および治験分担医師のみです。
治験薬の管理を担当する治験薬管理者という役職もあり、原則として薬剤師から選ばれます。治験薬の管理については、「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(GCP)」ガイダンスの第16条に、以下のように記載されています。
第16条 治験依頼者は、治験薬の容器又は被包に次に掲げる事項を邦文で記載しなければならない。
- 治験用である旨
- 治験依頼者の氏名及び住所(当該者が本邦内に住所を有しない場合にあっては、その氏名及び住所地の国名並びに治験国内管理人の氏名及び住所)
- 化学名又は識別記号
- 製造番号又は製造記号
- 貯蔵方法、有効期間等を定める必要があるものについては、その内容
2 治験依頼者は、治験薬に添付する文書、その治験薬又はその容器若しくは被包(内袋を含む。)には、次に掲げる事項を記載してはならない。
3 治験依頼者は、被験者、治験責任医師等及び治験協力者が被験薬及び対照薬の識別をできない状態で実施医療機関に交付した治験薬について、緊急時に、治験責任医師等が被験薬及び対照薬の識別を直ちにできるよう必要な措置を講じておかなければならない。
- 予定される販売名
- 予定される効能又は効果
- 予定される用法又は用量
4 治験依頼者は、輸送及び保存中の汚染や劣化を防止するため治験薬を包装して実施医療機関に交付しなければならない。
5 治験依頼者は、治験薬に関する次に掲げる記録を作成しなければならない。
6 治験依頼者は、治験の契約の締結後遅滞なく、実施医療機関における治験薬の管理に関する手順書を作成し、これを実施医療機関に交付しなければならない。
- 治験薬の製造年月日、製造方法、製造数量等の製造に関する記録及び治験薬の安定性等の品質に関する試験の記録
- 実施医療機関ごとの治験薬の交付又は回収の数量及び年月日の記録
- 治験薬の処分の記録
7 治験依頼者は、必要に応じ、治験薬の溶解方法その他の取扱方法を説明した文書を作成し、これを治験責任医師等、治験協力者及び第39条に規定する治験薬管理者に交付しなければならない。
8 第6項に規定する手順書の交付については、第10条第2項から第6項までの規定を準用する。この場合において、これらの規定中「治験の依頼をしようとする者」とあるのは、「治験依頼者」と読み替えるものとする。
9 第7項に規定する文書の交付については、第10条第2項から第6項までの規定を準用する。この場合において、これらの規定中「治験の依頼をしようとする者」とあるのは「治験依頼者」と、「実施医療機関の長」とあるのは「治験責任医師等、治験協力者及び第39条に規定する治験薬管理者」と読み替えるものとする。
最後に、IRBでの七尾副部長の演説が素晴らしかったので文字起こししました。
治験というものは、一人の患者のために行われるのではありません。全ての人々の安心のために行われるのです。
確かに副腎がんは100万人に2人ほどしか罹患しない希少がんです。
しかし、わずかですが患者さんがいます。その病気に苦しんでいる人がいるんです!
私は、ずっと治験に携わってきました。中には治験薬を使っても助からなかった患者さんがいらっしゃいました。
ですが、そうした大勢の方たちの無念を糧に、治験は繰り返され、新しい薬が開発されてきました!
皆さんの大切な日常を守るために、人類の未来のために、私は、今回の治験が必要だと考えます。
僕自身、これまで患者会含めがん患者さんのお話を伺う機会が何度かありました。その中で治験についてこのように言及された方もいらっしゃいました。
今では治験に対して「人体実験」のような歪んだ考えを持っている患者は少ないと思います。むしろ、大切な治療方法の一つだと思っています。
もちろん治験薬がうまく効かないってこともあると思うんです。それでも、治験に参加している大勢の一員として、効かないっていうデータを残せるのは嬉しいんです。
後の世代に何かを残せるっていうことが、がん患者にはとても嬉しいことなんです。
以前にも書いたことを再度書きます。治験に参加するしないは個人の権利ですし、強制されるものではありません。ただ、参加されている方が、どんな思いで、どんな覚悟で、どんな願いで参加されているのか、医療の恩恵を享受する全員がそれを忘れてはいけないと思います。
脂質異常症(高脂血症)と心筋梗塞
LDLの増加やHDLの減少といった脂質異常症が動脈硬化の原因となることは周知のことと思います。動脈硬化が進行すると心筋などの細い血管が狭窄し、血液が行き届かなくなることがあります(虚血性心疾患)。これが一過性で可逆的なものを狭心症と言いますが、心筋の壊死を伴う不可逆的な病態を心筋梗塞と言います。
心筋梗塞では胸痛、冷感、悪心嘔吐や呼吸困難などの症状が現れます。特に胸痛は、安静にしていても治らず、数時間といった長期間継続することもあります。また不整脈(心室性期外収縮)がほとんどの場合で合併するため予後不良で、これが心筋梗塞発症24時間以内に急死する原因となります。
急性期にはMONA療法という治療を行います。すなわち
です。これに加え、内科的にはPTCA(経皮的冠状動脈形成術)、外科的にはCABG(冠状動脈バイパス手術)が行われます。これらは目前に迫り来る死からの救命を目的とした治療です。
一方、急性期を乗り越えた慢性期では、再発予防などを目的としたDAPT(Dual Anti-Platelet Therapy)という治療を行います。PCI(経皮的冠動脈インターベンション)でステント留置を行なった場合は、そこに血栓ができやすくなります。したがって、ステント内再狭窄、ステント血栓の予防のため、以下の治療薬を一生涯服用し続けます。
- 抗血小板薬:低容量アスピリン(81~100 mg/day)+クロピドグレルなどのチエノピリジン系(これがDAPT)。クロピドグレルはCYP2C19に代謝されることで活性を示しますが、日本人は poor metabolizer が多いので、効果不十分の場合はプラスグレルなどに変更します。
- 抗凝固薬:ワルファリンやDOAC。ワルファリンの場合はPT-INRのモニターを。カリウムを多く含む飲食は避ける。DOACはエビデンス構築途中。腎機能に注意。出血リスクが高まるので、抗凝固療法はできるだけ早く辞めてDAPTのみの管理にする。
- 脂質異常症薬:スタチン系。厳格なLDL低下療法を行う。目標値はLDL≦ 100 mg/dL(ちなみに健常人なら130くらいが基準値)。
これらが一覧になるとこうです(あれ、1回何錠か書いてない…)。
上で触れた医薬品もラインアップしています。個人的にはランソプラゾールとクロピドグレルによるCYP2C19の競合(ランソは作用↑、クロピドは作用↓)が気になります。消化管出血リスクがあるので、PPIは必須なのですが。
繰り返しになりますが、基本は一生涯服用を続けなければなりません。生活習慣を改め、罹らない努力をしましょう(特大ブーメラン)。
おくすり代とジェネリック医薬品
作中では、患者が経済的な理由で服用を拒否する場面がありました。
いろんな病気がありますが、生活習慣病をはじめとする環境要因に大きく依存する病気は正直言って自業自得だと思います。それでもこの国では治療費を3割以下にしてくれるんです。これ以上文句を言うなら、治療なんてこちらから願い下げです。
なんてこと患者さんには言えないので、極力お安い治療戦略を提案します。薬剤師は有効性・安全性・経済性の3つの観点から、薬物治療を個別化・最適化するのがお仕事です。
まず先ほどのリストを確認してみます。
- アスピリン錠100mg(1日1錠)
- ランソプラゾールOD錠15mg(1日1錠)
- クロピドグレル錠75mg(1日1錠)
- ビソプロロールフマル酸塩錠2.5mg(1日2錠)
- ペリンドプリルエルブミン錠4mg(1日1錠)
- ロスバスタチン錠5mg(1日1錠)
- ニコランジル錠5mg(1日3錠)
葵さんは月5,000円程度と概算していましたが、実際には存在しないメーカー(PTPシート)なので、確実な計算はできませんでした。
全て実在する医薬品(実在する先発にしました)で計算してみますと
- アスピリン錠100mg(1日1錠)5.7円/錠 → 171円/30日(これだけ後発)
- タケプロンOD錠15(1日1錠)57.6円/錠 → 1,728円/30日
- プラビックス錠75mg(1日1錠)168円/錠 → 5,040円/30日
- メインテート錠2.5mg(1日2錠)23.2円/錠 → 1,392円/30日
- コバシル錠4mg(1日1錠)94.7円/錠 → 2,841円/30日
- クレストール錠5mg(1日1錠)99.9円/錠 → 2,997円/30日
- シグマート錠5mg(1日3錠)13.6円/錠 → 1,224円/30日
合計すると30日で15,393円。まずこれを点数に直して 1539.3点、五捨五超入で1539点、年齢的に3割負担と仮定すると461.7点→4620円です。おお、ニアピン賞!
これを最安値のものにしたらこうなったらしいです。
アスピリンとランソプラゾールを合剤に、その他をジェネリックにしました。
- タケルダ配合錠(1日1錠)57.6円/錠 → 1,728円/30日
- クロピドグレル錠75mg(1日1錠)36.9円/錠 → 1,107円/30日
- ビソプロロールフマル酸塩錠2.5mg(1日2錠)10.1円/錠 → 606円/30日
- ペリンドプリルエルブミン錠4mg(1日1錠)44.9円/錠 → 1,347円/30日
- ロスバスタチン錠5mg(1日1錠)21.7円/錠 → 651円/30日
- ニコランジル錠5mg(1日3錠)5.9円/錠 → 531円/30日
先ほどと同様に計算すると、30日あたりの自己負担額は1790円。先ほどとの差額は2,830円、30日で割って1日あたり94.3円安くなっています。んんん、惜しい!どこかでずれてる!!でも大体再現取れましたね。
ちなみにアスピリンとランソプラゾールを合剤(タケルダ)にしていますが、ランソプラゾールOD錠15mgの薬価は1錠23円なので合剤にしないほうが安いです。服用時点も同じ2剤で、若い方でアドヒアランスも悪くなさそうなので、なぜ合剤にしたのか本当にわかりません。
もっとちなみにジェネリック医薬品についてですが、これはもう本当に有効性は先発と変わりませんので、もうそろそろその質問やめてください。
まあ確かに添加物の組成は違うので、先発とまるっきり同じというわけではないんです。でもきちんと試験で先発品との生物学的同等性(体内動態)や溶出性が同じことを確認しています。添加物の組成が違うのも、例えば苦味を減らしたとか口の中に残りにくくしたとか、改良のための変更です。大事なことなので強調しますが
ジェネリック=安価≠低品質 です。
医師の指示や患者さんのご意向がない限りジェネリックで調剤します。先発じゃないと効かないは多分宗教の問題です。先発教からGE教へ回心してください。
感想
重複がんの診療科
肺+食道+副腎がんの瀬野さんを担当したのは消化器内科でしたね。てっきり呼吸器内科だと思ったんですが。副腎がんは泌尿器科とか内分泌内科とかで診るみたいですね。実際どうやって決めるんでしょうか…。
全て責任を持つ?
これどういうことか本気でわからないんですけど…。少なくとも同意取得義務は治験責任医師にありますよね。責任って別に法規的なものではなくて、単に全部葵さんの提案です〜葵さんがお仕事するんです〜ってこと?
病棟どうなっとるん
消内の瀬野さんと(多分)循内の丸岡さんが同じ病室に入るってどういう病院ですか。
麻薬管理
Twitterで諸先輩方が指摘されていたんですが、入院患者に麻薬をお渡しするのは一般的じゃないんですかね? 薬局、在宅だと普通にお渡しするので、特に違和感なく観ていたのですが。『がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(2014年版)』にも以下の記載があります。
2.麻薬に関するよくある質問
-1.病院・診療所での取り扱いについて
Q1.入院患者が麻薬を自己管理して服用することはできますか。
A1.麻薬の使用や疼痛状況について、自ら痛みの評価と記録ができ、自らの意思で服用できるなど自己管理可能と考えられる入院患者については、レスキュー薬や数日分の麻薬を自己管理し、施用することができます。その際には、服用状況等の記録をとり、使用後は必ず報告してもらう必要があります。また、患者が自己管理する麻薬を不注意で紛失等した場合は、麻薬事故届などを提出する必要はありませんが、紛失の経緯および自己管理継続の可否をカルテに記載してください。なお、病院・診療所の管理に問題がなければそれ以上の対応は不要です。
ただこの項目が、最新の2020年版からはまるっと消えてるんですよね。やっぱり自己管理は推奨されないんですかね。
倒れすぎ?
今までスルーしてたんですけど、この病院、患者さん倒れすぎじゃないかしら。Nsのみなさんどうなのかしら。
ちなみに公益財団法人日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業では、2019年だけで1,244件の転倒インシデントが報告されていました。思ったより少ない。報告されていないものもあるなら、実際はもっと多いのかも。
君が言うから頑張ってる
これ言っちゃダメじゃないですか。治療の責任を個人に押し付けるのはあかんでしょ。患者と各医療者、全員の一致があるのが前提のはず。
嫌なことは重なる
マーフィーの法則。誰かいてくれたら笑って済ませられることも一人だと沁みますよね…。
だからと言ってこんなに居るとは思わんよね。今までどこにおったんや?当直明けて朝出勤してきたんか?
チーム医療
まず絵が古い。今は患者さんは中心ではなく、輪を構成する一員のはず。患者という専門職と言ってもいい。
そしてめっちゃ職種おるみたいやけど、その活躍は描かれないのね。少なくとも臨床心理士は、原作でも出ていたし、活躍できる回はあったはずなんですけど。
まあ薬剤師のドラマなので、他はあまり描きたくないんでしょうね。Nsすら出番ないですからね…。確か前も言いましたけど、チーム医療を描くドラマとかできないんですかね。
調剤の魔術師
もはや魔術師ではない何か。しかし本当にこの人は最後までDIとしての活躍が描かれなかったなあ…。
次回いよいよ最終回!瀬野さんはお亡くなりになっている未来しか見えないんですが…最後まで見届けましょう!