仮想症例:アリピプラゾール服用中に軽度錐体外路症状が認められた肥満の統合失調症患者
以前経験した症例をもとに、こんな仮想症例を考えました。
【仮想症例】
50歳代 女性
身長:150cm
体重:70kg
各種血液検査値:不明
統合失調症に対しアリピプラゾール 12mg/dayを維持用量として服用中
薬局での服薬指導の際、半年以上前から手指の震えがあるとの聴取を得た
文字が書きにくい、箸が持ちにくいという自覚はあるが、生活上の困難は特段ないと言う
訊かれたことには答えるが、自身からは主張をしない性格であり、震えについては主治医にも伝えていない
今回はこんな患者さんに対してどうしましょうか(というかどうしたらよかったのか教えてください)というテーマです。
僕はまず手指の震えの評価を行いました。
アリピプラゾール服用中の不随意の震えということで、錐体外路症状が疑われましたので、CTCAE ver.5.0 に則って重症度判定を行いました。
「文字が書きにくい、箸が持ちにくいという自覚はあるが、生活上の困難は特段ない」
ここから、もっとも軽度である grade 1「軽度の不随意運動がある」と判断しました。
(患者のいうことを信じるなら)半年以上も副作用モニタリングがなされていなかったのは問題ですが、半年以上も grade 1で安定していることを踏まえると、積極的に薬剤変更をするべきではないと考えました。
そうすると一番の問題は「主治医にも伝えていない」だと思います。
したがって次に僕は、患者本人の同意を得た上で、主治医へ情報提供のトレーシングレポートを送りました。確か内容としては「半年以上継続する錐体外路症状があります。QOLへの影響はほぼなく、CTCAE grade 1程度と考えられます。次回診察時にご確認願います」といった感じでした。
実際に行ったことは上記の通りですが、薬剤変更について考えなかったわけではありません。
最終的に薬剤変更を提案しなかった理由は、上記の通り副作用ありながらも軽度で安定しているからと、もう一つ、提案できる医薬品が思いつかなかったからです。
抗精神病薬の有効性や安全性を比較した論文について、昨年にJAMAとLancetの両誌にネットワークメタアナライシスの掲載がありました。両方とも free full text available です。
僕は精神科専門の薬剤師ではないので間違っていると申し訳ないのですが、アリピプラゾールは比較的安全で有効性の高い医薬品という印象があり、その印象は上に挙げた2つの論文とも矛盾しないかなと思います。
錐体外路症状についてはJAMAの方のサプリにデータがありました。
Lancetの方には錐体外路症状の評価はないのですが、抗パーキンソン病薬の使用とアカシジアをイベントとした評価はなされていました。
有効性については本文を参照いただければと思いますが、錐体外路症状のリスクを低下した上でアリピプラゾール同様の有効性を期待できるのはオランザピンとクエチアピンになります(クロザピンは諸々の規制故に除く)。
しかしこの患者、150 cm・70 kg と、肥満体型です。MARTAの代表的な副作用に代謝系異常があり、その観点からこの患者にはオランザピン、クエチアピンを勧めることはできませんでした。
なお代謝系異常はアリピプラゾールでも起こります。今回の症例では血液検査の結果が不明で(おそらく未実施で)、血糖値の評価ができませんでした。トレーシングレポートにその点も記載すべきだったかなというのは、後になっての反省点です。
コロナの影響でしばらく薬局バイトに行けないので、あの患者さんがどうなっているかわかりません。錐体外路症状や代謝異常が重症化していないことを祈ります。