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自己満足を形にします。大学院生だったり薬剤師だったり。

アンサング・シンデレラ 第6話:解説と感想

今回の take home message はこの2つでしょう。

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今回解説(というか勉強)したいこと多いんですよね…なるべくサクッと行きましょう。

 

 

解説

ラクトミンとレボフロキサシン

ラクトミンは「ラクト」とある通り乳酸菌製剤です。腸内菌叢の是正を図ります。調製時の注意として、アミノフィリンやイソニアジドとの配合により着色することがあるので配合は避けることが望ましいとされています。

レボフロキサシンはニューキノロン系抗菌薬で、細菌のDNA合成を阻害します。ニューキノロン系なので濃度依存型の薬効を示します。そのため、腎機能に応じた用量調整はあるものの、少なくとも初日は500 mg/1回/日を投与します。

今回の症例では救急搬送時点で38度の発熱に加え頭痛・腹痛・下痢が随伴していました。ご高齢の独居ということまで加味されたかは知りませんが、入院となりました。

厚生労働省健康局結核感染症課の発行している『抗微生物薬適正使用の手引き 第二版』によると、成人の急性下痢症ではウイルス性・細菌性に関わらず自然軽快することが多く、脱水の予防を目的とした水分摂取の励行といった対症療法が重要と指摘されています。

今回は最初からレボフロキサシンの投与が決定していましたが。抗菌薬がウイルスに効かないのは周知のことですが、下痢症の多くはウイルス性であり、また症状からウイルス性か細菌性かを判断することはできません。輸液だけではなく抗菌薬を投与した理由はあるのでしょうか。

『JAID/JSC 感染症治療ガイドライン 2015 ―腸管感染症―』では、細菌性腸炎が疑われた際、以下のような場合には empiric therapy (確定診断前の経験的治療)を考慮するとされています。そしてその治療の多くでレボフロキサシンは第一選択薬に上がってます。

  • 血圧の低下,悪寒戦慄など菌血症が疑われる場合
  • 重度の下痢による脱水やショック状態などで入院加療が必要な場合
  • 菌血症のリスクが高い場合(CD4 陽性リンパ球数が低値の HIV 感染症ステロイド免疫抑制剤投与中など細胞性免疫不全者など)
  • 合併症のリスクが高い場合(50 歳以上、人工血管・人工弁・人工関節など)
  • 渡航者下痢症(症状や状況によっては治療を考慮する場合もある)

色付きにしたのが今回の症例の一応の該当部分ですが…個人的な疑問として、本当にレボフロキサシンを投与する必要があったのでしょうか。救急にお詳しい方にご教示いただきたいところです。

 

月経困難症と低用量ピルとセント・ジョンズ・ワート

月経困難症は機能性月経困難症と器質性月経困難症に分類されます。

  • 機能性月経困難症:原因となる疾患はないけれども月経痛がひどい状態
  • 器質性月経困難症:子宮筋腫子宮内膜症など病気が原因で起こる月経痛

機能性月経困難症をしばしば経験する女性では、そうでない女性に比べ将来的に子宮内膜症になるリスクが約2.6倍になることが報告されています(Treloar SA et al. Am J Obstet Gynecol, 2010)。将来の子宮内膜症発症・進行を予防するために、若年期からの継続した治療が重要となります。

その治療薬が低用量ピルになります。低用量ピルとは、卵胞ホルモンと黄体ホルモンという2種類のホルモンの配合剤です(LEP, low dose estrogen progestin)。服用により血中の女性ホルモンが増加し、卵巣が女性ホルモンを出しすぎていると脳が錯覚することで卵巣の働きを抑えます(ネガティブフィードバック)。

一方で低用量ピルといえば避妊薬というイメージばかりが先行してしまっています。作中でも患者さんはそのことを気にしていました。こうした不安はアドヒアランスの低下につながるかもしれません。低用量ピルは服用を中止すると排卵が再開して症状が再燃するため、患者さんの十分な理解を以って服用を継続いただくことが重要です。何より、周囲が自分の手前勝手な妄想を押し付けないことが一番重要です。

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さて、今回用いられた薬剤は2種類ありました。

まず最初に処方されたのがヤーズ®︎配合錠です。バイエル薬品さんから服用ハンドブックが出ていますので、詳しくはそちらをご覧ください。イラスト付きでカラフルでわかりやすいです。作中でも触れられていましたが、1日1回の周期であればいいので、職場など他人の目が気になるところでは飲まなくてもいいのが優しいです。

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効果不十分とのことで、次に出されたのがジエノゲストです。これもあすか製薬さんからハンドブックが出ています。

先ほどのLEPとは異なり、プロゲスチン製剤と呼ばれるものです。LEPに含まれている黄体ホルモンを改良・改善したもので、「第4世代」黄体ホルモン製剤とも言われます。具体的には、ノルエチステロン17位のエチリル基をはずしシアノメチル基を導入することで、子宮内膜に対する活性を保持しつつアンドロゲン作用をなくしました。アンドロゲン活性がない、すなわち男性ホルモン作用がないことで、LEPのニキビや肌荒れ、多毛などの副作用を軽減することを目的としました。

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今回これらの医薬品が効果を発揮できなかったのは、患者さんが飲まれているサプリメントや飲食料に含まれていたセント・ジョーンズ・ワートというハーブが原因でした。

セント・ジョーンズ・ワートセイヨウオトギリソウという野生植物で、ハッピーハーブと呼ばれることもあります。抑うつ症、不安、無感動、睡眠障害不眠症、食欲不振、自信喪失など多くの精神的症状に効果があるとされます。日本やアメリカなどではサプリメントとして販売されていますが、ヨーロッパの一部では医薬品として扱われ処方されています。

しかし現在のところ、抑うつなどにセイヨウオトギリソウが有効なエビデンスはありません。それどころか薬物との相互作用を介し、一部医薬品の薬効が減弱します。具体的には摂取により、CYP3A4やCYP1A2などのシトクロムP450の酵素誘導が起こります。

併用薬だけでなく、サプリメントや健康食品など、日常的に摂取している何かが薬と相性が悪い可能性は常に否定できません。患者さんの正直で包括的な申告と、薬剤師の適切な聴取が大事です。

 

多剤耐性菌とICT・AST

多剤耐性に対する紹介は作中でもあったので割愛します。あのGIF欲しいですね。

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作中でも言及されていたとおり、多剤耐性菌は社会・世界レベルで問題になっています。薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)に対して、2016年4月に伊勢志摩サミットにおいてAMR アクションプランがまとめられ、以下の理念が掲げられました。

  1. 普及啓発・教育:薬剤耐性に関する知識や理解を深め、専門職等への教育・研修を推進する
  2. 動向調査・監視:薬剤耐性及び抗微生物剤の使用量を継続的に監視し、薬剤耐性の変化や拡大の予兆を適確に把握する
  3. 感染予防・管理:適切な感染予防・管理の実践により、薬剤耐性微生物の拡大を阻止する
  4. 抗微生物剤の適正使用:医療、畜水産等の分野における抗微生物剤の適正な使用を推進する
  5. 研究開発・創薬:薬剤耐性の研究や、薬剤耐性微生物に対する予防・診断・治療手段を確保するための研究開発を推進する
  6. 国際協力:国際的視野で多分野と協働し、薬剤耐性対策を推進

病院内でAMRに専門的に対応するチームが2つあります。感染制御チーム(ICT, Infection Control Team)と抗菌薬適正使用支援チーム(AST, Antimicrobial Stewardship Team)です。

ICTとは、AMR微生物の院内感染を防止するため、院内全体の感染動向の早期把握や感染対策を適切に管理するための実働部隊です。実際に発生した感染症問題に対処するのが役割です。ICTが指定された業務をこなすことで、感染防止対策加算を算定することが可能です。あとは、特に今だとうちの大学病院では、体調不良後の出勤可否はICTが判断します。

これに対しASTは、抗菌薬の不適切な使用や長期間の投与がAMR微生物を発生あるいは蔓延させる原因となりうるため、AMR対策として患者さんへの抗菌薬の使用を適切に管理・支援するための実働部隊です。ICTとは異なり、患者さんへの予防・教育が目的です。ICTに比べると最近できたチームです。

なお最近では抗真菌薬においても同様の考え方が広まっています。不適切な使用は真菌における耐性化を助長することから適正使用を進める必要があり、antifungal stewardship (AFS)という概念が提唱されています。

このように、見えないところで頑張っている薬剤師や医療者がいます。 特に昨今のコロナ禍では、彼ら彼女らの存在は重要です。

 

菌交代症と偽膜性大腸炎

ヒトの体内には病原性を有する細菌も常在しています。しかし健常人においては、常在細菌叢(腸内フローラってやつです)を形成する細菌の働きにより、通常は病原性を有する細菌の増殖が抑制されています。

ここに抗菌薬が投与されると、体内に生息する常在細菌叢を形成する細菌の多くが死滅して、正常なバランスが崩れます。その結果、これまで病原菌の増殖抑制に働いていた菌叢が失われ、抗菌薬に耐性を示す菌が体内で異常に増殖する現象が生じます。このように抗菌薬の影響を受けてある種の細菌が異常に増殖する現象を菌交代現象 (microbial substitution)といい、菌交代現象の結果としてもたらされる疾患を総称して菌交代症と呼びます。

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菌交代症の代表が、今回の症例にも上がったクロストリジウム・ディフィシル関連下痢症(Clostridium difficile associated diarrhea: CDAD)です。一般には偽膜性大腸炎と呼ばれます。

今回はスルタミシリンというβ-ラクタム系抗菌薬が原因でした。これはアンピシリン(β-ラクタム系抗菌薬)とスルバクタム(β-lactamase 阻害剤)を当量ずつエステル結合させたプロドラッグです。スルバクタムがアンピシリンの分解を抑制して抗菌作用の減弱が防止されます。

CDADの治療にはメトロニダゾールを用いていました。推奨用量は、メトロニダゾール 500mg を 1 日 3 回、10 日間投与(経口でOK)です。なお最新の米国ガイドラインでは、メトロニダゾールよりもバンコマイシンまたはフィダキソマイシンを推奨しています。

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ここではメトロニダゾールについてのみ解説します。

本剤は細菌や原虫などの病原微生物に取り込まれた後、還元反応を受けニトロソ化合物という物質に変換されます。このニトロソ化合物は細菌や原虫に対して、抗菌作用及び抗原虫作用をあらわします。また反応の途中でヒロドキシラジカルが生成され、これがDNAを切断することで細菌や原虫の生命活動を阻害します。適応可能な病原体は多いですが、感染性腸炎となると添付文書上はクロストリジウム・ディフィシルのみになります。

個人的な注意点として、特に国試とかCBTとか受けられるみなさまは、語尾に引っ張られてアゾール系抗真菌薬と間違えないように!!

 

医薬品適正使用と社会的処方

CDADの原因となったスルタミシリンの処方をお願いしていたのは患者さんの方でした。コミュニティに溶け込めない患者さんにとって、親身に話を聞いてくれる町医者とその処方箋が一つの生きる希望であったようです。

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共感を覚える方も多いかもしれません。こういう背景があるなら仕方ないかもなあと思うかもしれません。

そんなわけありません。

その医者は患者を安心させてはいたけど、本当に助けてはいない。

刈谷主任のこの言葉が大正解です。どんな事情があっても、結果的に患者に不利益をもたらすことが想定できたのであれば、医療者としてその行為は許されることではありません。

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医師には処方箋を書かなくていい事例が認められています。

医師法 第22条

医師は、患者に対し治療上薬剤を調剤して投与する必要があると認めた場合には、患者又は現にその看護に当っている者に対して処方せんを交付しなければならないただし、患者又は現にその看護に当っている者が処方せんを必要としない旨を申し出た場合及び次の各号の一に該当する場合においては、この限りでない。

  1. 暗示的効果を期待する場合において、処方せんを交付することが その目的の達成を妨げるおそれがある場合
  2. 処方せんを交付することが診療又は疾病の予後について患者に不安を与えその疾病の治療を困難にするおそれがある場合
  3. 疾病の短時間ごとの変化に即応して薬剤を投与する場合
  4. 診断又は治療方法の決定していない場合
  5. 治療上応急の措置として薬剤を投与する場合
  6. 安静を要する患者以外に薬剤の交付を受けることができる者がいない場合
  7. 覚せい剤を投与する場合
  8. 薬剤師が乗り組んでいない船舶内において薬剤を投与する場合

今回の症例では、かかりつけ医に受診し薬剤を受け取る(+飲む)ことが患者にとっての希望でした。であるならば、処方箋を発行せずに、乳糖などのプラセボを渡せばよかったのではないでしょうか。こういった症例に出会ったことがないので、ぜひご教示いただきたいところです。

詳しくないのですが、最近では社会的処方という言葉があるようです。患者さんを病気の治療だけでなく生活から支えていく試みです。

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普及と実運用にはまだまだ課題があるでしょうが、地域包括ケアシステムの理念のもとに、歓迎されるべき考えではないかと思います。例えばウエルシア薬局では地域住民のコミュニティスペース「ウエルカフェ」を設置している店舗もあるようです。こうした取り組みを通じて、患者さんを心身ともに支えられる医療体制が整えられる令和であればいいですね。

 

酸化マグネシウムと高Mg血症

本編とか関係ないところで蛇足かもしれませんが…描写があったので……。

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高齢者では男女ともに筋肉量低下などに伴い便秘がちになります。酸化マグネシウムは頻用される下剤です。マグネシウムが水を引き寄せることで、便の性状を柔らかくします。腸の蠕動を促進するセンナリド(ピンクの小粒)も頻用されますが、こちらは連用に伴い耐性を生じますので、酸化マグネシウムの方が使いやすいと思います。

比較的安全な酸化マグネシウムも、使い続けると血中のMg濃度が増加して高マグネシウム血症に至る可能性があります。長期間使用している患者さんには、食欲や嘔気を聴取するようにしています。

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高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』にも以下の記述があります。

 酸化マグネシウムは忍容性の高い浸透圧下剤あるが、高齢者では腎機能低下により高Mg血症のリスクが増大する。用法用量を厳守し、かつ低用量から始める。開始後は血清Mg値をモニターする。血清Mg値上昇や高Mg血症による症状出現時使用を中止し、他の作用機序の緩下剤への変更を検討する。なお、酸化マグネシウムは活性化ビタミンD3との併用で高Mg血症を起こすなど、多くの併用注意薬があることにも留意して使用する。

長期間使用しているうちに、患者も薬剤師も漫然と慣れてしまいます。数年・数十年という長期間の使用における有効性や安全性は添付文書にも書いていません。薬剤師は患者さんと一緒に、慎重に医薬品を育てていく必要があります。

 

 

感想

小野塚くんいるところ誰かが倒れる

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コ◯ンくんか。この数日で119 慣れたでしょうね…。

 

ネットの情報より目の前の薬剤師のいうことを聞くべきです

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薬剤師もネット使いますけどね笑 より正しい情報へのアクセスが得意だったり、易きに流れなかったりというのが、違いでしょうか。

それにしてもこの患者さんは何の病気なんでしょうか。「異常行動」「1回1カプセルを1日2回」って言っているので原作同様タミフル®︎関係かと思ったら、二人ともこんな密室でマスクもせずに話してるし…。

ご周知のとおり、現在ではタミフル®︎と異常行動との関連性は否定的です。添付文書上の警告からも削除されました。

 

仮に患者さんが保菌者だったとしても

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コロナ禍にいいこと言ってくれました。当たり前なんだよな。

 

薬剤師さんに聞いてもわからないですよね

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薬が効かないんだけど〜〜〜系の問い合わせのほとんどは最終これに行き着いてしまいます。

わからないとかじゃなくて決められないんです。薬剤師は診断できないので。

薬の保管とか、飲み忘れとか、飲み合わせとか、そういうのはむしろこっちに聞いてください。

 

患者を知るのが薬剤師の仕事ですから(SNS検索う!)

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ここちょっと笑っちゃいました。「患者を知る」ためにSNS検索して特定してって思うとぶっちゃけキモいです。ここは穏便にすませるためにも「患者さんが有名インスタグラマーだった」説、「偶然相原さんのTLに流れてきた」説を推します。それにしてもきちんとサプリメントのことは聴取しましょうね。

 

他院の先生に確認とってくれないかな?

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「わかりました!」 ってやっぱ直で行くんだあ (^q^)

電話したら来てくださいと言われましたとかならまだしも、この後の先生の反応見る限りアポなしよな…迷惑……。

 

処方箋には医者のモラルが試される

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いい言葉ですね。そのモラルに同意できるかできないか、それが調剤監査です。

 

 

なるべくサクッとしたかったつもりですが、無理でしたね…。

ドラマも折り返しですね。後半戦も楽しみにしています。