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自己満足を形にします。大学院生だったり薬剤師だったり。

アンサング・シンデレラ 第1話:解説と感想

病院薬剤師を題材にした医療ドラマ(漫画原作)『アンサング・シンデレラ』がついにスタート、7/16に第1話が放送されました。

www.fujitv.co.jp

原作とキャラ設定が違ったりといったことはありましたが、そこは今回はおいておいて、放送中に分からなかったところや気になったところの解説とか感想とかをつらつら書いていきます。毎週続くといいな(三日坊主)。

 

 

解説

アナフィラキシーショックとグルカゴン

最初の患者さんはハチに刺されて意識低下、救急搬送された男性でした。

日本アレルギー学会のガイドラインでは

と 定義されています。今回は典型的にアナフィラキシーショックですね。ちなみにスズメバチよりアシナガバチに刺される方が多いみたいです。

アナフィラキシーに対する抗ヒスタミンおよびステロイド治療に加え、血圧低下等に対するアドレナリン治療が必要になります。血圧低下はおそらくアレルギー症状のうち血管拡張が原因だと思います。投与方法は以下の通りです。

  • 方法:筋注(皮下注ではTmaxが約4倍。急速静脈内投与を行った場合には心室不整脈、高血圧、肺水腫を生じるリスク)
  • 部位:血流が豊富な大腿前外側(外側広筋)または臀部
  • 量:0.01 mg/kg(最大量は成人で0.5 mg、小児で0.3 mg)を5~15分ごとに2~3回繰り返す

 

しかし今回はアドレナリンが効きませんでした。この時に考えられるのは主に以下の3通りです。

  1. アドレナリンの使用方法が間違っている:投与の方法・部位・量を再確認。また薬剤循環がしやすいよう患者は臥位にする。
  2. アナフィラキシーの進行が急であるアナフィラキシーショック症例の20%は2回目以降のアドレナリン投与が必要と言われ、1回で効くとは限らない。
  3. アドレナリン効果を阻害する薬剤を服用している:今回はこれで、患者がβブロッカーを日常的に服用していました。βブロッカーの服用自体がアナフィラキシー増悪因子であるのに加え、アドレナリンのβ刺激作用を打ち消してしまいます。薬学生レベルの知識ですが、詳細についてはこちらをご覧ください。同文献から図を拝借します。

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なおビソプロロール2.5 mgの適応症は以下の通りです。ドラマからはわかりませんが、原作では「血圧のやつ、毎日飲んでんの」と言っているので恐らく高血圧です。

ちなみに5 mg錠も同じ適応ですが、0.625 mgの適応は慢性心不全のみです。また1日の最大投与量は5 mgです。

このような患者さんに対し、グルカゴンを投与するケースがあります。

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グルカゴンはβ受容体を介さずに心筋のcAMP濃度を上昇させるため、βブロッカーの影響を受けずに血圧上昇が可能です。投与方法としては成人で1~2 mg、小児で0.02~0.03 mg/kg を5分以上かけて静注します。急速投与により嘔吐が誘発されるので、意識障害患者では側臥位での投与など気道の安全性を確保する必要があります。

ただし、βブロッカー服用中の患者のアナフィラキシーショックに対するグルカゴンの有効性についてはそれを示唆する症例報告が散見されているのみで、エビデンスとしては強くありません。ガ イドラインでも「必要となる場合がある」と言及されるのみで、詳細には記載されていません。また最初からグルカゴンを投与すると、末梢血管拡張によって血圧上昇がかえって見込めないので、あくまでアドレナリン効果不十分の患者に限って使用されるべきです。

 

アロプリノールとアロチノロール

戻し間違えてしまったやつですね。いわゆる名称類似薬ですが、外見も類似していますね。

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アロプリノールは高尿酸血症治療薬で、通常1日200〜300 mgを2〜3回に分けて食後に服用します。一方のアロチノロールはαβ遮断薬で、1日20 mgを2回に分けて服用し、高血圧症や狭心症不整脈および本態性振戦の治療に用いられます(適応ごとに用量は微妙に異なります)。全然違う薬なので、取り違えや戻し間違いは厳禁です。

さて、ここで気になるのは、なぜこの全く関係ない2つの医薬品が隣り合って置かれているのか、という点です。

恐らく多くの薬剤部、薬局では医薬品の配置は薬効順になっているはずです。一方で稀に五十音順で並べてあるところもあって、今回はそうなのかもしれません。圧倒的に薬を探しやすいというメリットがあります。また名称類似薬をあえて隣り合わせにすることで、かえって危機意識が持たれるかもしれません。なお、とある大学の先生は医薬品が五十音順で掲載されたポケットガイドを「偏差値30の学生用の本」と言っていましたので、薬効順がスタンダードなのかなと思います。

PMDAのHPには「製薬企業からの医薬品の安全使用(取り違え等)に関するお知らせ」というページがあり、名称類似をはじめとする取り違いの防止のお願いがまとめられています

www.pmda.go.jp

個人的には取り間違えたではなく戻し間違えたというのがミソかと思っています。取りすぎた分を戻す際にはダブルチェックをする、忙しければすぐには戻さず専用の箱などにプールしておくなどの対策が重要です。

 

HELLP症候群、切迫早産とマグセント

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切迫早産とは早産となる危険性が高いと考えられる状態、つまり早産の一歩手前の状態のことをいいます。日本では妊娠22週0日から妊娠36週6日までの出産を早産と呼びます。なお妊娠22週未満の出産は流産といい、早産とは区別されます。

子宮の緊張を弛緩するために、治療薬として子宮収縮抑制薬であるリトドリン(β2遮断薬)を用います。リトドリンのみでは効果不十分であったり副作用が強い場合、マグセント(硫酸マグネシウム)が使われます。ただしいずれも長期投与への有効性や安全性は担保されておらず、対症的に用いるべきです。マグセントの添付文書には「本剤の投与は48時間を原則とし、継続して投与する場合は、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合に限って投与することとし、漫然とした投与は行わないこと」とされています。

では今回なぜリトドリンではなくマグセントが用いられたのか。これは、HELLP症候群への治療プロトコルの一環です。

HELLP症候群とは妊娠中や産褥期に以下の症状を示すことから、頭文字をとって名付けられた重篤な妊産婦救急疾患です。発症の原因は不明です。

  • 溶血(Hemolysis)
  • 酵素上昇(Elevated Liver enzymes)
  • 血小板減少(Low Platelet)

俗に妊娠中毒とも言われるこの症状ですが、最終的かつ唯一の治療は妊娠の終了です。したがって、ドラマでもそうであったように、妊娠週数や重症度を考慮した上で緊急帝王切開術が行われます。

これに加えて行われる薬物治療として、Mississippi protocol(ミシシッピプロトコル)と呼ばれる治療戦略があります。詳しくはこちらの提言書をお読みください。プロトコル概略図を転載します。

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この厳密な治療プロトコルにより、HELLP症候群の重症化予防と早期回復、母体合併症とそれによる母体死亡の予防が期待されます。

さてこのマグセントですが、少しテクニカルな投与方法となります。100 mL製剤なのですが、まず初回量として40 mL硫酸マグネシウム水和物として4g)をシリンジに吸引するなどして分取し、20分以上かけて静脈内投与します。続いて残量を持続注入ポンプを用いて 10 mL(1g)/hour での持続静脈内投与を行います。すなわち、本剤をプラスチック瓶のまま初回投与量として使用してはいけません。インシデントが起こりそうなところなので、要注意です。

 

インスリンと糖尿病、ケトアシドーシス

糖尿病という病気の概念は高血圧と同じくらいに広く市中に普及しましたが 、95%の患者さんは2型糖尿病と言われる生活習慣などに起因する後天性の疾患です。

一方で今回の症例のように、子供の頃から発症する1型糖尿病というものもあります。生まれながらに疾患を背負わされた患者さんたちの苦悩は、きっと到底理解できないものです(だからこそ理解しようとする姿勢が大事です)。

2型糖尿病には原則として経口投与の糖尿病薬で対応しますが、1型糖尿病など一部の患者ではインスリン注射を第一選択に用います。

インスリン注射の注意点は、その量です。「単位」というよくわからない単位で投与されるこの製剤ですが、インスリン注射の場合「1単位=0.01 mL」です。これを1 mLと誤解して過量投与する事例が報告されています。薬剤師的には高血糖より低血糖の方が怖いですよね。

gemmed.ghc-j.com

糖尿病そのもので死ぬことはないと思うのですが、怖いのはその合併症です。糖尿病の合併症は「しめじ、えのき」と覚えます。すなわち、

です。これらはいずれも血糖値が高いことで血管にダメージが蓄積し、毛細血管が死滅することが原因です。

さて今回はそれらとは別に「アシドーシス」という言葉が出ました。「しめじ、えのき」は罹病期間が長引くにつれて徐々に進展する慢性合併症と言われるものですが、アシドーシスはすぐにでも起こりうる急性合併症になります。

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インスリンは血糖値を下げる、ちゃんと言うと血液中から糖分を細胞内へ取り込むホルモンです。インスリンが不足すると血糖値が上がりますが、これは生体(細胞)が糖分(エネルギー)を摂取できない状態に他なりません。

こうなると体は糖分の代わりに、一時しのぎとして脂肪(トリグリセリド)やアミノ酸を分解してエネルギーを得ます。この時ケトン体と言われる有害物質が出ます。一時しのぎの対応だしまあいっか、というのが元々のシステムだと思うのですが、これが一時ではなく長引いしまうのが糖尿病患者です。

アセト酢酸やβヒドロキシ酪酸などの酸性物質(ケトン体)が溜まることで、血液が酸性に傾き低血圧や頻脈、意識低下が生じます。特に血液のpHが7.35未満になった状態をアシデミア(酸血症)といいます。このアシデミアを代償するために、患者は速く深く呼吸をします(クスマウル呼吸)。この時、呼気中のアセトンが原因で果物のような香りのする息を吐きます。

治療にはやはりインスリンを用います。十分量のインスリンによって、ケトン体は数時間以内に消失し始めます。加えて、血管内容量や電解質バランスの是正のための輸液を行います。治療開始後1時間の時点で著明なアシドーシス(pH 7未満)が持続している場合にのみ、重炭酸投与によるアルカリ化を考慮します。しかし重炭酸は急性脳浮腫の発症と関連づけられているため、使用する場面は限局的です。

 

感想

最初にお断りですが、僕は実務実習以来、病院業務とは疎遠です。病院の内部事情とかも知りません。なので間違った感想があればぜひご指摘ください。

薬剤師贔屓が過ぎる

所詮ドラマだフィクションだなのでわかりやすいのはいいんですが、ちょっと薬剤師が良くない意味で目立ちすぎかなと思いました。

みんな病院の外にはそれぞれの大切な日常があって、これからもそれぞれの未来が続いていく。それを守っていくのが、私たち薬剤師の仕事だ。

これは放送開始後すぐの主人公のセリフですが、これ薬剤師だけじゃなくて医療者みんながやってることです。

「服薬という退院後も続く部分を指導することから、薬剤師の介入意義は入院中の治療にとどまらない」ってのが言いたいことだとは思うんですが。揚げ足取りだって言われたらそれまでですが、この表現にはちょっと引っかかりを覚えました。

 

薬剤師印って苗字だけでいいの?

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普通フルネームですよね? あの病院の薬剤部に葵さんは一人かもしれませんが 、田中とか佐藤とか多い苗字の人だっていますよねきっと。ていうか印鑑デザインかっこいい。

 

薬剤部どこにあんねん

グルカゴン取りに走るこのシーンですが。

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階段駆け上ってますが、薬剤部は地下ではないんですか。

いや多分決まりはないんですが、地下にあること多いですね。日光の入る薬剤部、いいなあ。

 

それでいいのか立川さん

待ち時間が長いという患者さん(立川さん)。患者が求めている「診察」も終わって、あとは薬をもらうだけってのにそこで待たされるとイライラしますよね。

そこで対応にあったのはDI担当の荒神薬剤師!得意のマジックで気を紛らわせます!

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んなアホなことあるか!かえってキレられるわ!!誠意を持って我慢して あ や ま れ !

そしてなんだかんだ満足している立川さん…それでいいのか…。

 

医療安全と人事は別案件です

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なんだこの会議は。ちゃんと監修入ってるのか。

そもそも医療安全分野では個人の責任を追及しません。「懲罰会議」なんて間違っても言ってはいけない

インシデントに対し組織や制度としてどのように改善できるかを話し合う場です。あのシーンはただただ医師を馬鹿にしたいだけの描写で、こんな形で薬剤師ヨイショする番組なら極めて残念です。

 

 

以上で第1話の解説と感想を終わります!毎回こんな量あるんだとしたら結構大変だ…。

視聴は継続しますが、円盤購入はないなあ今のところ。今後に期待です。