アンサング・シンデレラ 第4話:解説と感想
リアタイ視聴から執筆まで時間がかかってしまいました。実験が忙しかった…。
今回(からおそらく来週に渡って)は原作3巻に相当するお話でしたね。がんや終末期医療、それに関わる患者家族といった、なかなかにヘビーな内容でした。これでドラマ全体を締めるのかなーと思ってたので、ちょっと早めの登場で驚きでした。ベンゾの症例はオリジナルですか?
それでは今回もよろしくご査収ください。
解説
アジスロマイシン服用量の体重換算調整
アジスロマイシンはマクロライド系抗菌薬の一つで、細菌のタンパク質合成を阻害(リボソーム 50S サブユニット阻害)し細菌の増殖を抑えます。以前紹介したクラリスロマイシンと同じ分類の薬で、服用上の注意も同じです。
僕の経験ではアジスロマイシンはマイコプラズマ肺炎やクラミジア感染症に処方される印象があります。特徴は、服薬回数が少なく良好なアドヒアランスが期待できることです。
外国の臨床における体内動態試験の成績から、本剤 500mg(力価)を1日1回3日間経口投与することにより、感受性菌に対して有効な組織内濃度が約7日間持続することが予測されているので、治療に必要な投与期間は3日間とする。
※4日目以降も効果が認められない場合は他剤変更になります。
ジスロマックSRという、1回服用するだけで7日間効果が持続するように設計された成人用ドライシロップ製剤もあります。薬剤師の目の前で飲んでもらえればいいので、アドヒアランスは最高です。
マクロライド系は時間依存型、すなわち薬剤濃度が細菌の最小発育阻止濃度を上回っている時間(time above MIC) に応じて薬効を発揮します。しかし中でも、アジスロマイシンとクラリスロマシンは Post-Antibiotic Effect(PAE)を有しており、血中濃度が MIC 以下になっても薬効が継続して見られます。このタイプでは薬効は time above MIC ではなくAUC/MIC に依存するため、投与量が多くなります。
クラリスロマイシンやアジスロマイシンには体重に応じた用量調整がなされます。アジスロマイシンの小児への投与量は、10 mg/kg/回=日 (ただし1 日最大量は500mg)とされています。今回は、12歳の女性患児に対して1回 500 mgは多いんじゃないかって疑義照会されていました。
外来患者の体重を測っているのはすごいなと思いました。小児だからですかね。300 mgということは、体重約 30 kg 相当。令和元年度の学校保健統計調査では、12歳女子の平均体重は 43.8 kgなので、かなり痩せ型の女の子ですね。ちなみに 30 kg は 9歳女子の平均だそうです。
本題とは関係ありませんし、ここでは揚げ足取りのような指摘になるのですが、単位を「ミリ」とだけ伝えるのは医療安全上NGです。液体製剤の場合ですが、「ミリ」だけでは mg(成分量)なのか mL(製剤量)なのかわからず、コミュニケーションエラーの発生要因となります。実際に誤投与も起こっています。
本報告書分析対象期間に、気管支鏡検査の際、 ミダゾラム(10mg/2mL)を10mLに希釈して準備しており、主治医からの「ミダゾラム を2ミリ入れて」という指示に対し、看護師はミダゾラムは1アンプルが2mLなので全部入れ ると思い、全量を投与した事例が報告された。
さて、今回は疑義照会するも医師の経験に基づき500mg/回で変更なしとなりました。結果としては副作用(耳鳴り)が生じました。先述の通り、本剤は血中濃度の維持が良好な反面、副作用発生時はやや長引く恐れもあります。
マクロライド系やアミノグリコシド系、バンコマイシンなど一部の抗生物質では過量投与で聴覚障害が生じることがあります。また、一般的に抗生物質の過量投与は腸内細菌叢の異常による下痢、嘔気・嘔吐など消化器症状とも関連します。
適切な薬物治療方針立案のための聴取
医師とは別に薬剤師もお話を伺うことがあります。患者さんのこのご意見は、よく聞くものです。
ただ、同じ質問でも訊く人が異なれば得られる情報の質や量が変わってきます。一人の患者さんにつく時間が限られる中、多職種で情報を持ち寄ることでよりその患者さんのことを理解できます。
また、薬剤師は主に薬物治療の安全面に配慮した質問をすることが多いです。具体的には食事やサプリメントを含む飲み合わせや、副作用モニタリングになります。逆に、有効性の判断は医師にしかできませんし、実際の院内生活での様子は看護師さんが一番よくご存知と思います。
なのでこれは診察ではなく聴取です。それぞれが専門性を持って必要なことを効いている。その中で質問が重なることもあるけれど、ご容赦いただきたいなと思います。
摂食障害に対する薬物治療
神経性の過食症および拒食症をあわせて摂食障害と言います。今回は拒食でしたね。
拒食の場合、栄養失調や電解質異常が問題となります。女性の場合、月経不順の原因にもなります。手に吐きだこ(指を突っ込んで吐く時に歯が当たって手にできてしまう傷)や、歯周や口腔内、咽頭部の異常所見があれば疑います。
治療に際し、「病気であり治療せねばならない」という認識の押し付けは全くの逆効果であり、致命的症状が発現するまでに信頼関係を構築することが大事です。病院に来なくなるというのが一番避けねばならない事態です。本人が心を開き摂食障害の治療に向き合うまでが一番難しい局面かもしれません。
摂食障害に対する保険適用薬は少なくとも日本にはありません。ガイドラインにおいても、薬物療法は精神療法や栄養療法に対する補助的な位置づけになります。
World Federation of Societies of Biological Psychiatry(WFSBP, 世界生物学的精神医学会)のガイドラインでは、拒食症に対して亜鉛補充とオランザピンがgrade Bで推奨されています。栄養失調患者における経鼻胃経管栄養に関するgrade Cのエビデンスはありますが、grade Aのものはありません。個人的にはオランザピンは、食欲亢進作用もあって、リーゾナブルだなと思いました。
拒食症に抗うつ薬を使用する有益性については、可能性があるとは書かれていますがエビデンスはないです。今回作中で処方されたセルトラリンは選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)という抗うつ薬の一種ですが、WFSBPガイドラインでは拒食症に対するSSRIの適応について明確なエビデンスはないと書かれています。
ちなみにセルトラリンとワルファリンって併用注意らしいです。ワルファリンのプロトロンビン反応時間曲線下面積が軽度増加(8%)したとの報告がある、ですって。
禁忌薬は、添付文書上はメナテトレノン、イグラチモド、ミコナゾールでした。併用注意がやたらめったら多いので注意ですね。
胃がんと告知
国立がん研究センターの統計予測では、2019年のがん罹患数において胃がんは男性で2位、女性で3位の頻度で発生しています。死亡数予測においても、男性で2位、女性で4位となっています。
治療にはS-1療法というレジメンが代表的ですが、この症例続くみたいなので、解説は多分来週に持ち越します。ちなみに進行度は、M1、すなわち遠隔転移ありなので、stage Ⅳ B 確定です。N1でリンパ節転移もありますね。HER2陰性なので、トラスツズマブは適応外です。
さて、今回の症例では家族希望で本人への告知がなされていないようですね。これが孫の樹里ちゃんの拒食症の原因でした。
院内の電子カルテではポップアップでこうしたアナウンスが共有されますが、調剤薬局に院外処方箋をお持ちになる患者さんでは難しいところがあります。こちらは薬を見てなんとなくあたりをつけられますが、本人やご家族、代理人がどこまで何を知っているのか、気を遣わなければならない場面は多々あります。
がん情報サイト「オンコロ」が実施したアンケート調査では、がん患者の98%が少なくとも自身への告知を希望していました。調査対象が治験情報サイト「生活向上WEB」の会員らしいので、健康志向バイアスはあります。それでも多くの患者さんが告知を希望していることが推測できます。ただこの手の問題はマスで語る意味はあまりなくて、結局は個別に検討する必要があるんですが…。
加えて考慮すべきなのは、「第二の患者」と呼ばれる患者家族や親しい人たちのケアです。ドラマでは出てきていませんが、原作では臨床心理士の先生が心のケアに従事されていました。
あなただって、助けを必要としていいんですよ。
『アンサング・シンデレラ』原作13話より 臨床心理士・成田淳子のセリフ
チーム医療に、特にターミナルケアには、欠かせない職種だと思います。次回に登場があれば嬉しいです(ないと予想しますが)。
外傷性頚部症候群に対する薬物治療
いわゆる「むち打ち」、首の捻挫です。一般的に骨折や脱臼のない頚椎軟部支持組織の損傷と定義されますが、重症度により5段階に分類されます。
- Grade 0:頸部に訴えがない、徴候が無い。
- Grade 1:他覚的所見のない、頸部周囲の全体的で非特異的な訴え。
- Grade 2:筋肉・骨格組織の所見を伴う頸部の訴え。
- Grade 3:神経所見を伴う頸部の訴え。
- Grade 4:骨折または脱臼を伴う頸部愁訴。
Gradeによらず、頚部痛を主症状として、頭痛、めまい、しびれ、腰痛、眼症状、顎関節痛、睡眠障害、うつ状態などのさまざまな症状が生じます。
日本整形外科学会によると、受傷後2-4週間の安静の後は頚椎を動かすことが痛みの長期化の予防となります。安静期間はできるだけ短い方がよく、慢性期には安静や生活制限は行わず、ストレッチを中心とした体操をしっかり行うことが最良の治療となります。
薬としては対症的に痛み止め(NSAIDs、アセトアミノフェン)を経口や貼付で使用します。整形外科領域では根治療法としての薬物治療は難しく、慢性的な投与になることもあります。NSAIDsの長期投与は腎機能低下や高血圧、ものによっては心血管イベントにつながります。必要に応じて薬を減らす・止める、というのは薬剤師の大事な職能ですね。
ポリファーマシーと薬剤誘発性認知機能障害
多剤服用の高齢患者において有害な事象が起こっている、あるいは起きやすい状態をポリファーマシーと言います。統計的には5~6剤以上の服用で有害事象の発生リスクが有意に高いとされますが、定義上は錠数関係なく「たくさん」薬を飲んで「あかんこと起こってる」状態です。
ポリファーマシーで起こりうる有害事象の一つに、今回作中でも描かれた薬剤誘発性認知機能障害があります。
日本老年医学会が発行した『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』には、ベンゾジアゼピン系薬と認知機能障害の関連についていくつか言及があります。エビデンスの質、推奨度ともに中程度から高度です。
また、作中では転倒の描写もありましたね。こちらも薬剤誘発性の有害事象になります。
薬剤誘発性の有害事象が生じた場合、対処法としてはもちろん当該(被疑)薬剤の中止や減量になります。しかし、ベンゾジアゼピン系薬を含むいくつかの薬剤については急な減量によって別の有害事象(再燃、反跳、離脱症状)が発生する危険性があります。The Maudsley prescribing guideline 13th edition では、離脱症状は非ベンゾよりベンゾ、長時間作用型より短時間作用型、低力価より高力価のもので起こりやすいと記載されています。
このようにベンゾジアゼピン系薬は「増量は簡単だが減薬が難しい薬」と言われおり、作中で見られてような急な中止はご法度です。減量方法について、N Engl J Med に掲載された報告では 2週間ごとに10~25%ずつ減量する方法が提案されています。特にジアゼパム換算で30 mg/day以上の用量の場合は、4~6週間という長い期間をかけて徐々に中止へ持っていく必要が示唆されています。
一点わからないのは、なぜ入院後に症状が出たかです。普段は自己判断での服用だったとのことですが、入院中は担当医が処方した医薬品の服用になるはずです。しかも今回は定期薬無しという虚偽報告の上での入院だったので、おそらくむち打ちに対する痛み止めだけの処方だったと思うのです。もしかしてあれこそが離脱症状だったのでしょうか…。
感想
今回は全体的に医療監修がgdgdに思えました。あまりいい感想はありません。
あれは疑義照会ではない
羽倉薬剤師がアジスロマイシンの用量について疑義照会をしました。池松医師の返事は、変更なしとのことでした。結果として副作用は出ましたが、結果論なのでどうでもいいです。
問題は、疑義照会の記録を残していないところ。院内調剤だと処方箋に書かなくていい、とかないですよね? これじゃ薬剤師の債務不履行責任(民法第415条)を問われても仕方ないです。
あとこんなこと本気で言ってる薬剤師は要らないです。ドラマの誇張表現だからって言っていいことと悪いことがあると思いますよ。
こんなこと言う医者も流石にいないでしょう。しかも患者の前で。「アンサング」の意味履き違えていませんか? 貢献が見えにくいってだけで、馬鹿にされるわけじゃないですよ。
薬剤師は全部見る?
「診る」と「見る」でうまいこと言ったつもりか知りませんが、そんなことないです。見られる範囲のものを見ようとするのは医師とか薬剤師とか関係ないです。こんなところの差別化要らないです。
ケモセラピールーム?
ミキシングルーム(注射剤調剤室)と同じですかね? 清潔が大原則なので、普通白衣のままでは入らないと思うのですが。刈谷さんみたいな、全身防護が基本です。
治験エントリー?
治験参加って患者さんからインフォームドコンセント得てからですよね? それこそ薬剤師が勝手に連絡するとかあり得ないんじゃないですか。本来きちんとGCP省令やガイドラインに沿って、患者さんの利益を第一に、手順を追って進めるものなのに…。
医者目指してなかったら英語、読めないでしょ?
馬鹿にしてんのか。
ていうかこういう時こそDI担当のお仕事なのでは…荒神さん……。
私がついているから大丈夫
あまりこういうその場しのぎなこと言わない方がいいですよね。積極的傾聴が基本の姿勢です。あと流石にこれは医師や看護師のお仕事かな…それか臨床心理士さん……。
来週は終末期医療にフォーカスするのでしょうか。個人的に関心のあるところなので、(一応)楽しみにしています。