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自己満足を形にします。大学院生だったり薬剤師だったり。

ペットを亡くすということ

 実家で飼っていたペットのワンコが急逝しました。僕が小学生の頃に家族で初めて飼ったペットでした。先に逝くものとわかっていたつもりですが、とても辛かったです。

 彼の最期の時間を、僕や家族がどのように過ごしたか。彼が亡くなってから、僕たちはどうなっているか。今回はその備忘録になります。同じ境遇の方の参考になれば幸いです。

 

 

入院から死亡まで:病院で死なせないために

 ワンコは15歳で、平均寿命を考えると長生きの部類でした。今年になってから時々下痢をすることがあったらしいのですが、それまでは健康そのものでした。

 4月の定期検診でアルブミン値が低いとのことで再検査指示がありました。再受診を経て、翌日に精査しましょうとの運びになりました。

 再検査が指示された検査値は見せてもらっていたのですが、アルブミン値が低いくらいでした。肝臓や腎臓の値は正常でしたし、電解質や血糖値も問題ありませんでした。食事量も減っていないとのことでしたので、大腸の機能が落ちてるのかなと思っていたくらいでした。白血球の異常形態が見られるという記載がありましたが、これが意味するところはわかりませんでした。

 改めて話を聞くと、下痢の程度や頻度が悪化しているようでした。体重も減少しているとのことでしたので、まずは下痢の対症と原因解明が最優先かなと考えていました。下痢の一方で黒い便が出たことがあるとも聞いていましたが、黒色便は上部消化管出血に起因するので、大腸に不具合があると思っていたこの段階では理由はわかりませんでした。

 

 再検査での超音波検査の結果、腸に腫瘍らしき影があるとのことでした。これを聞いて僕は大腸がんかなあ、歳だしなあ、と思いました。この日は入院することなく、点滴を受けて帰りました。薬は抗生物質や下痢止めなどを処方されたようです。

 精査のためCTと生検を行いたいのですが、そのために全身麻酔が必要となります。栄養状況が悪く高齢のため、麻酔による消耗リスクがあり、そもそも検査をするのかを家族で話し合うことになりました。家族はそれぞれ別居しており、緊急事態宣言のもと集まることはできませんでした。電話やメールで意思確認をし、母親の仕事の関係で次の週末に検査してもらおうかという話になりました。

 

 ところが後日、母親から突然電話がきました。どうも様子がおかしいということで病院へ連れて行ったところ、そのまま入院になったとのことです。

 前回の受診から3日程度ですが、薬も飲まず下痢は変わらず食事量も減っていたとのことでした。この状態で麻酔下の検査はできないので、簡易的な針生検で細胞診をすることとなりました。超音波等々のこれまでの検査結果から疑われるのは小腸悪性リンパ腫とのことでした。

 この日よりステロイド治療を開始し、輸液と合わせて全身状態の改善を試みました。悪性リンパ腫の場合、一般に薬剤感受性は高いと考えられます。逆に心配になるのは、がん細胞の急激な破壊に伴い電解質異常などを引き起こす腫瘍崩壊症候群です。そのあたりは先生の方からも説明があったようですが、何もしないよりはと治療開始に踏み切りました。

 

 ステロイド開始後もあまり変化はなく、下痢や嘔吐はある一方で食事は摂れていなかったようです。見せてもらった動画では、立つことはできていましたが、少し足元がおぼつかないような印象でした。経口で食事が摂れないので経鼻チューブで摂取を試みたようですが、それでも嘔吐してしまうようでした。なんとか全身状態を改善して標準治療にもっていくのが目下の目標でした。

 

 後日、ビデオ会議を利用し、家族全員で獣医の先生と話しました。先生からは、本日からステロイドに加え抗がん剤も開始する旨が説明されました。ステロイド治療開始から3日程度が経ちましたが応答性が芳しくないようで、状態改善のために追加したいとのことでした。

 抗がん剤と言ってもL-アスパラギナーゼ(商品名「ロイナーゼ®︎」)という、有効性というよりは安全性を優先したチョイスでした。抗がん剤は度々「爆弾」に例えられますが、L-アスパラギナーゼはがん細胞への栄養供給を断つ「兵糧攻め」のような薬で、爆弾のような威力も即効性もないです。

 細胞診の結果は出ていませんでしたが、悪性リンパ腫として標準治療の説明もいただきました。人間同様、CHOP療法が標準となるようです。シクロフォスファミド、ビンクリスチン、ドキソルビシン、プレドニゾロンを組み合わせたレジメンですが、ここにL-アスパラギナーゼを加えたCHOP-L療法もあるようです。当時はプレドニゾロンとL-アスパラギナーゼだけを投与している状態でした。

 

 L-アスパラギナーゼ投与を開始したその日の夜、容態が急変しました。スマホ越しに見る彼は伏せて目を閉じている状態でした。呼びかけに応える様子もありません。意識レベルはかなり低いようでした。先生から説明がなくとも、今日明日には旅立つだろうことが分かりました。病院で亡くなることは先生も我々も望んでいませんでした。問題はどのタイミングで家に連れ帰るか。選択肢は2つ。

  • 1つは、このまま病院で昇圧剤などを用いて延命し、明日の朝から自宅へ連れ帰る。
  • もう1つは、いますぐ連れて帰る。

 急な連絡でしたので、自宅には受け入れる環境が整っていませんでした。それでも僕たちは、いますぐ連れて帰ることを選びました。自己満足かもしれませんが、少しでも家で過ごせる時間を多くしてあげたかったからです。

 オピオイドと昇圧薬を投与の後、自宅へ連れ帰ってくれました。その後まもなく、息を引き取りました。結果論ですが、連れて帰ってよかった。

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死後から火葬まで:死亡直後の対応が大事

 亡くなるとじきに死後硬直と失禁が起こります。悲しむ一方、その対応が必要です。

 硬直前に、手脚を軽く曲げるなど、自然な格好にしてあげました。人間でいうと胎児型のような、背中が少し丸まった感じです。そうすると本当に眠っているだけのように見えてしまって、また悲しくなるのでした。

 鼻やお尻の方にはティッシュやペット用トイレシーツ、おむつなどを置くようにしました。鼻には最終的に綿を詰めました。まぶたは開いてしまうことが多いようで、なかなか閉じてくれませんでした。指でまぶたを閉じたまま5〜10分押さえておくと、閉じてくれました。口も開いてしまうので、髪をまとめるのに使う柔らかいバンドで閉じました。

 

 そのまま母親たちが一緒に夜を過ごしました。冷たくなっていく家族と過ごすのは辛かったと思います。翌日に動物病院へ連れていき、死亡診断をいただきました。気休めかもしれませんが、昨夜の話を聞いて先生は「痛みもなく安らかに逝けたようです」と言ってくれたそうです。病院で棺をいただき、葬儀屋の紹介もいただきました。

 死後2日目に葬式が行われました。棺から揺り籠のようなベッドに手ずから移しました。これまで何度も抱いたはずのワンコですが、その時が一番重たくて冷たく、改めて死を実感しました。ベッドの中に眠る彼の周りに、好きだったおもちゃやご飯をたくさん置き、お花で飾ってから、荼毘に付してもらいました。

 火葬にかかる時間は約1時間。その後、お骨上げとなりました。全ての骨を入れるために、骨壺は少し大きめのものにしました。薬物治療の期間が短かったおかげか、骨は非常に綺麗に残っていました。携帯用の遺骨入れ(キーホルダー)を購入し、みんな思い思いの骨を入れました。

 

火葬後から現在まで:遺された者のケアへ

 獣医の先生からお話を伺えました。細胞診から2週間以上たって、やっと結果が返却されました。しかし、異常リンパ細胞は検出されませんでした。この結果だけでは悪性リンパ腫を確定できません。しかし、臨床経過からはやはり悪性リンパ腫が強く疑われます。超音波検査での所見に加え、腹水があったこと、下痢があったり黒色便が出たりという点からです。炎症を起こすような感染性微生物が検出されなかったこともひとつです。

 針生検からの細胞診は、病理検査の中でもかなり粗いものになります。侵襲性が少なく迅速かつ簡便な一方、ピンポイントで細胞が取れなかったらそれまでです。きちんとした病理検査のためにはやはり組織片の回収が必要ですが、あの状態では検査による消耗で亡くなっていたかもしれません。

 今回のケースは症状の悪化から死亡まで約1週間と短く、先生にとっても想定外のスピードであったようです。母親は今もずっと「もっと早く受診していれば」と自分を責めています。

 もちろん周囲の誰もそうは思っていません。小腸という部位、悪化のスピード、薬剤感受性の低さ、いずれもイレギュラーなことでした。しかし責めることで、彼の死因を自分に課すことで、彼の死を受け入れようとしているのかもしれません。

 ペットと毎日を共に暮らした家に住むというのがストレスなようです。食べかけのフードや遊んでいたおもちゃ、包まって寝ていたブランケットなど、彼を感じるものが多すぎる。

 母親は今いわゆるペットロス症候群の状態にあり、家族で精神的サポートを試みています。

参考文献:木村祐哉(2009)「ペットロスに伴う悲嘆反応とその支援のあり方」. 心身医学 49(5). 357-362.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/49/5/49_KJ00005488186/_pdf/-char/ja

 とは言っても定期的に電話するぐらいのもので、少なくとも僕は研究室の外出制限が解かれる7月までは会えません。現状仕事などはできているようで、まだ完全なうつ状態には思えません。しかし不眠などの症状が出ており、今後の経過次第では医療機関の受診も選択肢かもしれません。とりあえず四十九日までは様子をみようと思います。

 

おわりに

 僕たちのペットは多くの場合よりも早いスピードで亡くなりました。最期の時間が短かったことは治療費など経済的な面ではよかったのかもしれませんが、喪失感は大きくなります。

 ペットを亡くすというのは想像以上に辛く悲しいことでした。正直毎日泣きました。忌引き休暇はペットではとれませんが、しばらくの休息を必要とするくらいのダメージを受ける方もいらっしゃると思います。ペットでも人間でも、心通わせたものとの離別は痛ましい出来事なのです。

 たかがペットで、と考える方もいらっしゃると思います。そもそも動物が苦手でペットを飼ったことのない人、ペットは好きで飼っていたけどそんなに辛くなかった人。きっと色々な人がいます。色々な人がいますので、ペットを亡くして深い絶望に苛まれている人がいても、どうか温かく接してあげてください。

 ペットだけではありません。いじめ、失恋、友人関係、就職難、仕事、経済状況、離別、それが何であれ、そこから与えられる精神的ダメージは人によって違います。場合によっては命に換わる程の絶望になる。私にとっての大切があなたにとっての大切ではないかもしれないし、逆も然りです。様々な価値観を認め合う優しさ、想像力があれば、この世界にはきっと多くの支えがあって、人はまた絶望から這い上がり、歩き出すことができるんだと思います。

 ペットに限らず愛別離苦対象喪失というのはとても辛いものです。だからと言って、ペットを飼わなければよかったとか、誰かと出会わなければよかったとか、そんな風には思いません。僕の初めてのペットは、たくさんの思い出をくれました。無くしたものに囚われることなく、与えられたものに目を向け感謝しながら生きていたいと思います。

 

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ちなみに新型コロナウイルスの影響

良かった点

 僕も含め、家族の多くが在宅勤務でした。体調悪化のタイミングと重なったことで、早期の受診や連日のお見舞い、家族間の密な連絡など、手厚いサポートができました。

悪かった点

 人の移動が制限されたため、フィジカルなサポートは手薄でした。僕はお葬式だけは上長の許可を得て参加できましたが、その1日だけでした。父親は移動が許されず、未だに会えていません。また、来院時の面会も少し制限されました。血液検査や細胞診など、外注での検査結果が返ってくるのも少し遅れたようです。