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自己満足を形にします。大学院生だったり薬剤師だったり。

戦傷外科・国際医療支援の講演を聴いて

先日、赤十字病院の先生から紛争地帯や途上国での医療支援について、体験談を伺うことができたので備忘録として残します。

赤十字社と医療支援

赤十字社といえば国内外の医療支援や災害時医療への貢献で知らない人はいませんね。

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赤十字社はスイスの実業家、ジャン・アンリ・デュナンによって創設されました。第1回ノーベル平和賞の受賞者としても知られる人物です。

www.jrc.or.jp

www.akita.jrc.or.jp

赤十字」という名前のついた機関は3種類あります。

 自国での常時医療の提供、自然災害時における支援や、国際医療支援が必要な地域への派遣を行います。

 戦争や内乱、紛争の起きている地域における犠牲者や市民の支援・保護に働きます。

 各国各社の育成や支援に加え、自然・人的災害や 難民、保健衛生分野における各種事業の総合調整を担当します。

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平成29年度 第35回「NHK海外たすけあい」事業報告書より

今回の講演では、医療支援の必要な紛争地帯での戦傷外科(War Surgery)について、演者(医師)さんの経験を伺いました。講演では結構きつい(言葉を選ばないと、グロテスクといいますか…)写真もお見せくださいましたが、このブログではそういった写真の使用はありませんのでご安心ください。

 

典型的な戦傷外科

戦場外科を展開する場所は、戦場とは離れた、町からも近いところです。Field Hospital(野外病院)という、移動式の救護施設を建設します。負傷者はセスナなどで運び込まれてきますが、四肢に外傷を負った兵士がほとんどです。頭部や体幹に傷を負った患者は、輸送中に亡くなってしまうことがほとんどだからです。

techfactory.itmedia.co.jp

関係ないですが、有名なこの問題を想起しました。生存者バイアスではないですが、論理的に考えるって大事ですね。

戦場外科の特徴で自然災害とは異なる最大の点は、負傷者が運ばれてくる毎日が長期に続き先が見えない、終わりが見えないところです。

誰かが治療を行わなければ毎日多くの兵士や市民が亡くなりますが、人も物も極めて限定的です。最新の医療機器どころか、日本では当たり前に使えるレントゲンや酸素ボンベなども滅多に使えません。医療では清潔を保つことが大事ですが、真水で洗うことができれば御の字といった状況です。

このような状況下では、戦傷外科の原則に沿って治療を行わなければ却って多くの患者が亡くなってしまいます。

http://jp.icrc.org/wp-content/uploads/sites/92/2016/06/warsurgery_1.pdf

http://jp.icrc.org/wp-content/uploads/sites/92/2016/06/warsurgery_1.pdf

これはICRCが刊行した戦場外科についてのマニュアルですが、軽く目を通すだけでも非常に読み応えのある書物でした。特に、P.66あたりにある「ライフルによる銃創」は衝撃的でした。入口は小さいのに中で大きな空洞を形成するため、そこが感染の温床になるようです。従って、見た目の傷が小さくても、パックリ中まで開いてデブリードマンする必要があります。

銃創治療は感染症との戦いですが、field hospitalで無菌状態を保つことは不可能です。ですので、手術後はすぐに縫合するのではなく、術部を綿のようなガーゼでドレッシングします(dressing with fluffy gauze)。3,4日後に再び開き、術部の肉の色、匂い、再生の具合(good color/smell/bleeding)で、感染がなく肉芽形成が進んでいると判断できれば、その時点で縫合します。

手術等の実際の様子については、次の読み物に詳細に書かれています。結構きつい写真も多いので、苦手な方はご注意ください。

https://www.osaka-med.jrc.or.jp/aboutus/international/pdf/surgery_in_africa.pdf

https://www.osaka-med.jrc.or.jp/aboutus/international/pdf/surgery_in_africa.pdf

 

最近の戦傷外科

典型的な戦傷外科では負傷の多くは「銃創」でした。しかし最近の紛争では、爆弾や化学兵器の使用による被害者が多い傾向にあるようです。

爆傷では重度の火傷に加え、肺挫傷となるケースも多く、酸素吸入が効果的でないこともあるようです。また、マスタードガスなどの化学兵器による被害者は、熱傷の他に咳嗽や結膜炎などの症状が発生します。被曝者はWHOによる除染作業の対象となりますが、防護服に囲まれて頭から薬品のシャワーを浴びせられる子どもの写真を見て、胸が痛みました。

医療体制としても相違点があります。Field Hospitalを戦地の近くに展開しようとする流れがあるらしく、医療スタッフにとっても非常に危険度が高い業務となります。また、政府vsテロリストという構図の場合、政府側としか交信ができないため、テロリスト側の動向がつかめない分危険度は増します。

医療スタッフへの危険として言及しなければならないのは、患者(兵士)やその付き添いによる暴力です。

www.icrc.org

ICRCの報告によると、事件の50%以上は医療施設の内部や周辺で発生し、1,000人以上の医療スタッフが脅迫や暴行の被害にあい、700台以上の医療車両が攻撃や妨害を受けたとされています。

youtu.be

Let them do their work.

仕事(医業)をやらせてください。医療者からの悲痛な叫びです。

 

終戦後の(外科)医療

状況としては、戦争自体は終わっているもののインフラや法整備がボロボロといったところを想定してください。

まず多いのは火傷です。電気が通っておらず光がないため、火を焚くことで灯りとするためです。全身に渡る大火傷を負う人も少なくないようですが、ガーゼが足りないためドレッシングができません。そのため、デブリードマンをせず、金属フレームの中に患者を入れ上から布などでカバーし、乾燥させるといった方法で治療(と言えるのでしょうか。。。)するようです。イメージとしてはひとり用ビニールハウスです。

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車などの交通手段も少ないため、1つの原付に3人乗りノーヘル、といったことも珍しくないようで、交通外傷も多いようです。

途上国ではやはりこれまでのような低水準の医療しか提供できません。中進国では持ち込まれる医療資材のレベルが格段にアップするようです。とはいえやはり限定的ではあるので、自国で救える命を必ずしも救える訳ではありません。しかしそれでも「戦争がないというのは本当に素晴らしい」と仰っていました。

 

医療教育事業

これまで紹介してきた事業は緊急人道支援と呼ばれるもので、戦争などの緊急事態の最中や直後における生命維持・苦痛緩和・個人の尊厳維持を目的としたものでした。終わりの見えない毎日を送る、医療者にとっても苦しい事業です。

しかし、現地の救急や日常診療の水準を上げようとする教育事業は、明確に未来へと繋がるポジティブな運動であり、医療スタッフとしてもやりがいを感じるところだと言います。

内容としては、救急外来におけるカルテ記載要項やトリアージなどのプロトコル整備などです。中進国では戦傷や感染症以外の、高血圧やCOPDなどに対する通常医療レベルの底上げも課題です。

医療に限らず技術導入においてしばしば問題となることですが、現地のニーズのみを最優先することが必ずしも真に適切とは限りません。結果や成果物をただ持ち込むのではなく、時間がかかっても、現地の方々への教育を行い、再現できるようなシステムの導入が大切です。

また、こちら側が良かれと思ったことでも、受け入れ側の反応が良くないこともしばしばあります。導入して良かったかどうかを判断するには時間を要しますので、導入してそのままではなく、持続的なフォローが大切です。

 

まとめ・感想

僕自身は国際医療支援に出向いたことはありません。国内での災害ボランティアにも参加したことはありません。興味はあるんですけどね、やっぱり怖いです。我が身が大事です。

演者の先生も、「怖いし、大それた勇気なんてないけれど、それでも誰かがやらなきゃいけないから」といって奮い立たせているようでした。

薬剤師や研究者として今回の講演を活かせるかと言えば、まあないと思います。でも、こういうのって知るところから始まるんじゃないかなと思います。

きっと今できることを真摯にやることが、大事なんです。今できないことにまで背伸びして手を伸ばしても、それはきっといい結果に繋がらない。良くて自己満足でしょう。

世界にはまだまだ悲惨な現実があって、手の届かないことも救えない命もあるけれど、それでも僕は僕にできることをやるしかない。改めてそう思わせてくれた講演会でした。

 

〈余談というか蛇足〉

8年ほど前の作品ですが、仮面ライダーOOO(オーズ)ではしばしば「正義」や「戦争」について言及があります。

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  • 誰が正しくて誰が間違っているって、とっても難しいことだと思います。自分が正しいと思うと周りが見えなくなって、正義のためなら何をしてもいいって思ったり、、、きっと、戦争もそうやって起こっていくんです。
  • 貧しい国に募金してたつもりが、悪い人に使われちゃってたり。酷い時は、内戦の資金になってたり。それで思ったんですよね。人が人を助けていいのは、自分の手が、直接届く所までなんじゃないかって。俺は(両腕を広げて)こんぐらい。まあ、届かない事ありますけど。
  • 手が届くのに手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔する。それが嫌だから手を伸ばすんだ。

テーマが「欲望」だったり、構図がアイテムの奪い合いだったりで、あまり親御さん受けは良くなかったようですが、個人的には非常に好きな作品です。いわゆる名言が多いと思います。よろしければぜひ。